解決事例
胎児機能不全の状態で陣痛促進剤を増量し続け、過強陣痛となってからも長時間経過観察とし、重症新生児仮死で生まれた児への蘇生措置も不適切だったことにより児に脳性麻痺の後遺症が残り、生後7か月で死亡したことについて、6000万円(産科医療補償制度既払金含む)での示談が成立した事例
医療ミスの事案概要
出産のため近畿地方の産婦人科クリニックに通っていた妊婦さんは、妊娠中ご自身にも赤ちゃんにも問題はありませんでした。
陣痛発来のため入院した妊婦さんに対し、微弱陣痛のため医師の指示で陣痛促進剤の投与が開始されました。
胎児心拍数陣痛図(CTG)上には、赤ちゃんの苦しい低酸素状態を示す高度遅発一過性徐脈、基線細変動の増加が認められていました。これは、胎児心拍数波形レベル分類の「レベル4」の状態にあたります。産婦人科診療ガイドラインで求められる対応としては、急速遂娩の準備または実行、新生児蘇生の準備をすることが推奨されています。また、ガイドラインにはオキシトシンによる陣促進剤についても、投与中に胎児機能不全をきたした(赤ちゃんに苦しいサインが出た)場合は、減量または中止をすべきとありますが、助産師は減量どころか何度も増量を繰り返していました。
その後、陣痛促進剤が強く効きすぎ、CTG波形では子宮頻収縮が顕著になり、妊婦さんは過強陣痛(陣痛が10分間に5回以上)の状態でしたが、助産師は医師に報告せず、漫然と経過観察を続けました。
医師が到着した時には、CTGにさらに赤ちゃんが苦しい状態を示す基線細変動の減少に加え高度変動一過性徐脈も出現し、赤ちゃんは低酸素・酸血症、つまり酸素が足りなくてとても苦しい状態になっていました。しかし、医師はあろうことか陣痛促進剤をさらに増量し、クリステレル胎児圧出法(妊婦さんのお腹を押して赤ちゃんを出そうとする手技)と吸引分娩を実施しました。
赤ちゃんは、何とか経腟分娩で生まれましたが、力なく呼吸をしていない真っ青の状態で生まれました。分娩中の破水時から羊水が濁っていたことから赤ちゃんが自分の胎便などを吸い込んでしまっている可能性があり、すぐに口を拭ったりして羊水を取り除き、バッグバルブマスクによる人工的な呼吸補助が必要な状態でした。
しかし、別の医師が到着した生後7分まで適切な蘇生措置は実施されませんでした。その後、赤ちゃんは高次医療機関へ搬送されましたが、CT検査で頭蓋内出血を認め、脳は低酸素によるダメージを受けている所見があり、生後4日で脳死状態であると診断されました。
赤ちゃんはその後、ご両親に見守られ、わずか7か月で亡くなりました。
法律相談までの経緯
ご両親はお子さんを亡くされてから辛い日々を送られていました。幸い次子に恵まれ少し気持ちが落ち着かれた時期に、当事務所にお問い合わせをいただきました。
出産の翌月頃、出産したクリニックで説明会が行われましたが、「処置は適切だった」というような説明で、クリニックとはそれ以降辛くて関わることもできなかったとおっしゃっていました。
相談後の検討内容
ご両親は、お子さんが亡くなられてから治療を受けていた病院の小児科主治医に勧められて、産科医療補償制度の申請手続きをされ、機構から送られてきた原因分析報告書をお持ちでした。
原因分析報告書には、陣痛促進剤の増量法について「基準を満たしていない」ことや、レベル4の状態での経過観察や急速分娩の実施までにかかった時間は「一般的ではない」と記載されていました。
これらの指摘に加え、当事務所で、取り寄せていただいたカルテの詳細な検討を行い、産婦人科医師とも相談しながら、投与開始から具体的な指示なく助産師へ陣痛促進剤の投与を続けさせた相手方医師の責任や、新生児蘇生についても問題点を洗い出し、不適切な対応が複数あるとの判断に至りました。その結果をご両親に報告し、クリニックに責任を取ってもらうための交渉をすることにしました。
弁護士の対応
当事務所からクリニックに通知する文書に、検討により明らかになった問題点、過失、因果関係に至るまで詳細に記載して送付しました。
数ヶ月後に、相手方弁護士からは、過失があったことを認め、話し合いで解決がしたい旨の連絡がありました。しかし、当方からは話し合いでの解決であることを鑑み、賠償金として譲歩しても約7500万円を相当と提示したところ、相手方からかなり減額された3400万円が支払の限度とする回答がありました。待望の赤ちゃんを亡くしたご両親の心痛や、これまでの経済的負担を考えれば納得できるものではなく、明らかに問題のある医療で、訴訟も辞さないと交渉を続けた結果、6000万円で解決にいたりました。
当初の請求金額よりは低いものでしたが、同じ頃の事件について裁判で認められる金額と比べ、6000万円は低い金額ではないこと、裁判によりさらに費用と時間がかかることをご両親と時間をかけて何度も話し合い、上記の金額に謝罪の文言も入れてもらう条件で和解することに決めました。
弁護士のコメント
陣痛促進剤の不適切な使用方法によって陣痛が強く起こりすぎ、赤ちゃんが苦しくなってしまう今回のような事故は、20年以上前から繰り返し起こっています。
1990年にお子さん亡くされた勝村久司さんは、奥様の退院日に偶然テレビで「陣痛促進剤被害」の報道を見て、カルテや看護記録の証拠保全を行い、お子さんの死と「不必要な陣痛促進剤」が関係していることを知り、それ以降、陣痛促進剤の危険性について患者の立場から活動し、発信し続けておられます。オキシトシンという陣痛促進剤を使ったかどうかも知らされず、薬を使ったことも否定され、カルテに書いていなければ証明もできない。医療機関側は診療報酬の明細書を発行することすら反対しているような閉鎖的な状況でした。
陣痛促進剤の添付文書には「患者に本剤を用いた分娩誘発、微弱陣痛の治療の必要性及び危険性を十分説明し、同意を得てから本剤を使用すること。」と明記すべきだと主張し続けてきましたが、2010年6月になって、ようやくその内容が添付文書に掲載されたという患者さんたちの活動の成果です。その後、日本の産婦人科専門医たちの集まりである2大学会(日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会)も陣痛促進剤の事故に危機感をもって産婦人科医の教育を行っています。産婦人科診療ガイドラインの陣痛促進剤(オキシトシン)に関する記載は、年々、詳細になり適切な使用方法が広がってきています。
このような歴史があるのに、まだ、適切に使用できない産婦人科クリニックや産婦人科医師がいる、ということを今回のケースでは衝撃を持って受け止めました。それも、少しのミスではなく、赤ちゃんに積極的に悪い処置をしていたにもかかわらず「処置は適切だった」と説明する医師。患者さんやご家族にはバレないとでも考えているのでしょうか。
陣痛促進剤の適切な使用には、妊婦さんやご家族がその有効性とリスクを知っておくことが非常に重要です。適切に使用すれば、妊婦さんのお産を安全にすることもできる薬です。是非、正しい知識を全国の産婦人科の医師にも助産師にも、患者さんたちにも知ってもらいたいと思います。