解決事例
入院時からNSTにより基線細変動の減少と一過性徐脈が出現していたにもかかわらず、連続モニタリングを行わず経過観察とし、出生した児に重度脳性麻痺の後遺症が残ったことについて約1億9200万円(産科医療補償制度から既払いの1200万円を含む)の示談が成立した事例
医療ミスの事案概要
出産のために総合病院に通院していた妊婦さんは、妊娠36週6日の診察時、赤ちゃんの成長が止まってしまう胎児発育不全(FGR)と診断されました。胎動の減少を感じており、医師の指示でNST(胎児心拍数モニタリング)を約50分間受けたところ、一過性頻脈(赤ちゃんの心拍数が上がる正常のサイン)を認めず、基線細変動が減少し、何度か軽度遅発一過性徐脈を認めたことから管理入院となりました。医師からは、赤ちゃんが小さく、胎動が少ないこと、元気とは言えない状態であること、赤ちゃんが陣痛に耐えられるかを調べるCSTを実施し、場合によっては帝王切開となるなどの説明を受けていました。入院翌日に実施されたNSTでも、正常のサインである一過性頻脈はなく、基線細変動の減少傾向は持続し、子宮収縮に伴う一過性徐脈も出現していましたが、連続モニター管理をされることはなく、モニタリングは中止されました。助産師は、胎児心拍数波形のレベル分類で異常波形とされるレベル3~4と評価し、緊急時に備えて準備をするなどとカルテに記載していましたが、実際には連続モニター管理や帝王切開の準備、医師の診察を求めることもありませんでした。
入院から2日目の朝(妊娠37週1日)、NSTを実施したところ胎児の心拍数が60bpmまで低下したまま回復せず高度徐脈となり、超緊急帝王切開が行われました。赤ちゃんは心停止の状態で生まれ、蘇生が行われ何とか心拍が再開したのは生後15分後になってからでした。赤ちゃんには低酸素性虚血性脳症により重度の脳性麻痺が残りました。
法律相談までの経緯
産科医療補償制度から受け取った原因分析報告書の医学的評価に、「一般的ではない」との記載があり、病院に落ち度があったのではないかと感じたご両親から、当事務所にご相談がありました。
相談後の対応・検討内容
病院のカルテを取得し、NSTのデータや原因分析報告書の内容と共に当事務所にて詳細な検討を行いました。
基線細変動の減少に軽度遅発一過性徐脈を伴う波形が認められる状態が継続し、胎児発育不全がある状況で、胎児心拍数波形のレベル分類に当てはめるとレベル4(中等度異常波形)に相当するにもかかわらず、必要な連続モニター管理を行っておらず、帝王切開の準備をする必要もあったのに、高度徐脈となるまで経過観察としたことは問題であり、法律的にみても過失があると考えられました。
胎児心拍数波形のレベル分類
胎児心拍数波形を、基線細変動、基線、一過性徐脈の組み合わせから5つのレベルに分類し、赤ちゃんの低酸素や酸血症などへのリスクの程度を推測する指標として活用されています。
各レベルに、求められる対応と処置(経過観察、監視の強化、急速遂娩の準備や実行など)が示されています。
示談交渉
まずは、本件過失について医学文献や産科診療ガイドラインを用いた詳細な検討結果を詳細に記載した通知書にまとめ病院に送付しました。病院側代理人から、話し合いでの解決がしたいとの連絡を受け、こちらの考える金額の提示を求められました。ご両親からのお子さんの介護状況や生活の実態についてヒアリングを丁寧に実施し、24時間の医療ケア、大変な介護の状況が今後も長期間続くことに鑑み、2億5千万円を超える損害額を提示しました。金額について病院側との交渉を経て、話し合いでの解決であることも踏まえ約2億円で示談が成立しました。最初に通知書を送付してから1年程で解決に至りました。
弁護士のコメント
産科医療補償制度の原因分析報告書には「一般的ではない」という記載だけしかありませんでしたが、胎児心拍モニターとカルテを照らし合わせながら検討すると、医学的には問題がある対応が複数認められました。法律的にみて「過失」があるケースだと確信しました。本当に酷いケースでした。医学的には問題がある対応だと考えられたため、病院に送る通知書としては、カルテや胎児心拍モニターの波形を示し、評価を間違っていたのではないかと考えられるところをすべて書き出し、賠償責任に応じなければ裁判も辞さない、裁判になれば病院は敗訴する可能性が高いことも過去の裁判例を例示しつつ10頁以上にわたる書面を作成しました。
請求金額が2億円を超える高額になったのは、お子さんを自宅において24時間体制(夜間も数時間をおきに体位交換が必要)で介護しておられる状況を反映させた結果です。介護状況を丁寧に聞き取り、介護に必要となる物品についても、できるだけ領収書を集めていただき、購入履歴から金額や耐用年数、移動の交通費なども割り出して計算し、実際に1日の暮らしにどのような費用が必要なのかを、詳細に検討しました。介護の必要性について力説する際には、重症心身障害をお持ちのお子さんや成人の方のケアを行う看護師・介護士向けの書籍や医学文献も最新のものをチェックして、裁判のときと同じように複数の証拠資料として作成し、相手方にも送付しました。
病院側の産婦人科医師などが自らの対応に問題があったことを交渉のはじめから認めて、適切な補償をするように代理人や保険会社にも説明をしてくれているという背景事情もあり、相手方代理人もできるだけ法的紛争(訴訟)にならないように早期解決に協力的な態度であったことも相まって、1億9000万円を超える金額で解決することができたのだと思います。
脳性麻痺のお子さんのための補償は、将来にわたる介護費用が高額となるため、きちんと介護状況のお話を聞き取り適正な金額を積算すれば2億円を超える請求金額になります。しかし、現状(他の弁護士の報告など)を聞いていると、そこまで詳しく介護状況を聞き取ることをしている弁護士は少なく、相手方にも介護状況などを詳しく説明せずに「何となく、裁判のリスクを回避したいからこの程度で、手を打っておこう」というような曖昧な理由で、1億円~1億2000万円程度となっていることも多いのではないか、それでよいのか、と日々、感じていました。ご両親やご家族の介護は、詳しくお話を聞くほど、涙が出るほど壮絶で過酷な毎日を過ごされています。それでも可愛いお子さんの笑顔に救われている、とおっしゃいます。
私達弁護士にできることは本当に僅かなことだけかもしれません。それでも介護にかかる経済的負担や将来の不安を少しでも取り除けたらと思います。時間がかかっても、一人ひとりのお子さんとご家族に寄り添い、介護やリハビリの状況を詳しく検討して相手方とじっくり交渉することを、これからも頑張っていかなければ、と決意を新たにしました。
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この記事を書いた人(プロフィール)
富永愛法律事務所医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)
弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。