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TOLAC(帝王切開後の経腟分娩)で子宮破裂し赤ちゃんが死亡。病院はリスクを説明せず!

2025.03.06

富永愛法律事務所 医師・弁護士 富永 愛 です。
司法試験に合格し、弁護士事務所での経験を積んだ後、国立大医学部を卒業し医師免許を取得
外科医としての勤務を経て、医療過誤専門の法律事務所を立ち上げました。
実際に産婦人科の医療現場を経験した医師として、法律と医学の両方の視点から産科を中心とした医療問題について発信します。
出産のトラブルでお困りの方は、是非一度お問い合わせください。


地域で唯一の産婦人科医院で、TOLAC(帝王切開後の経腟分娩)による事故が約10年前にありました。TOLACとは、帝王切開で出産したことのある妊婦さんが、経腟分娩での出産を試みることをいいます。

被害に遭われたAさんは、第一子を帝王切開で出産し、翌年に第二子を妊娠しました。第二子の出産に際し、産婦人科医院から帝王切開の既往がある妊婦さんに対する経腟分娩のリスクや、帝王切開の選択肢を全く説明されることなくTOLACが実施されました。

事故の概要

Aさんは陣痛が始まり入院中、お腹から「パチン」という音とともに痛みを感じました。20分後には痛みが限界だと助産師に伝えましたが、医師が診察に来たのはさらに20分が経ってからでした。お腹は板のように硬くなり(板状硬)、赤ちゃんの心拍は60〜70回/分の徐脈となっていました(正常は110~160回/分)。

医師は、子宮破裂と判断し、緊急帝王切開が実施されましたが、赤ちゃんは力なくだらんとした状態で生まれ、泣くこともありませんでした。
アプガースコアは生後1分1点、5分後2点と重症新生児仮死でした。アプガースコアとは、新生児仮死の有無を皮膚の色や心拍数、呼吸の状態などをもとに判断するための指標(10点満点)です。
詳しくは新生児仮死のページでご説明しています。

その後NICU に緊急搬送されましたが、自発呼吸は一度もなく、人工呼吸器管理となり、7カ月後亡くなりました。

TOLACのリスク

TOLACにおいて、第一に考えられるリスクは、「子宮破裂」です。
過去に子宮の手術をしたことのない場合に子宮破裂が起こる頻度は、0.005%ほどと言われており、2万分娩に1例と極めてまれであるの対し、帝王切開の既往がある妊婦さんでは0.3%と有意に高くなっています。

TOLAC実施の条件

TOLACは、ガイドラインで決められた条件を満たした場合に実施が推奨されています。
最新のガイドラインには、実施の条件だけでなく、実施前・実施中の注意事項についても記載されています。

出典:産婦人科診療診療ガイドドライン産科編2023

当該ケースの問題点は?

Aさんの場合は、事故当時のガイドラインの記載が現在とは少し異なります。

当時最新だった2008年のガイドラインに照らし合わせ、問題点を解説していきます。

出典:産婦人診療ガイドライン産科編2008

リスクに関する説明が全くなかった

ガイドラインには、「1.リスク内容を記載した文書によるインフォームドコンセントを得る.(A)」とあります。最後のアルファベットは推奨度を表し、推奨度Aは「実施することが強く勧められる」という意味です。

しかし、出産までに産婦人科医院から、帝王切開の既往がある場合の経腟分娩のリスクついて、文書どころか口頭でも説明はなく、医師からは「いざという時はいつでも手術できるようにする」と伝えられただけでした。

本来であれば、「子宮破裂のリスクがあること」、「帝王切開での出産を選択できること」などをAさんに対し説明し、TOLACを希望するか意思確認を実施するべきでした。

産科医は院長1人、助産師も当日出勤していなかった

当該医院は、地域で唯一の産婦人科医院であり、年間400〜500件の分娩を院長1人で担っていました。また、Aさんの出産当日は看護師が出勤していたものの、助産師は出勤していませんでした。そのため、CTGなどによって胎児心拍を継続監視できるスタッフがおらず、医師は看護師に1時間に1度胎児の心拍を確認するように指示しただけでした。

Aさんがお腹の痛みを訴えてから、医師が診察するまでも時間がかかっていますし、帝王切開が実施されたのは「パチン」という音がして子宮破裂が起きてから約1時間後でした。

この対応も、ガイドラインの「2.2)緊急帝王切開および子宮破裂に対する緊急手術が可能である.」を満たしていたとは言えず、十分な人員体制ではなかったと考えられます。

何かトラブルが起こった時にすぐに対応できる体制が整っているかは、安全な出産の重要なポイントです。また、赤ちゃんが危険な状態で生まれた場合に備えて、新生児科医師などがいることが望ましいと考えます。

CTG(胎児心拍数陣痛図)による連続モニタリングが実施されていなかった

赤ちゃんの心拍数とお母さんの陣痛を計測する分娩監視装置によるCTG(胎児心拍数陣痛図)モニターは、お腹の中の赤ちゃんが元気かどうか、苦しいサインを出していないかを知るためにとても大切です。当時のガイドラインにも「4.経腟分娩選択中は、分娩監視装置による胎児心拍数モニターを行う(A)」と記載されています。

Aさんに対しては、入院時の約50分間だけCTGが装着されましたが、その後連続したモニタリングは実施されませんでした。そのため、子宮破裂の兆候や赤ちゃんが苦しい状態になっていることに気付くのが遅れたと考えられます。

なぜTOLACに踏み切ったのか?

妊婦さんに説明もないまま、なぜTOLACの実施に踏み切ったのか。
その理由として、産婦人科医院を取り巻く地域的な問題がありました。

当該医院は、地域で唯一の産婦人科医院であり、妊婦さんたちにとっても、妊婦健診や出産のためにわざわざ遠方の病院まで通うのは大変なため、当該医院が地域で担っていた役割はとても大きなものだったと考えます。

その責任感から、院長は地域のお産に悪影響を及ぼさないため、今までも事故がなかったことからTOLACの実施を判断したようです。院長は、TOLACはリスクが高いこと、妊婦さんへの説明が不十分であること、設備や人員の整った医療機関で行うべきである事も認識していたはずです。

地域の妊婦さんの選択肢を狭めたくなかったとも考えられますが、いつも大丈夫だから今回も大丈夫だろうという感覚が引き起こした事故だと感じます。最も大切なのは安全に出産ができる環境を提供することではないでしょうか。妊婦さんの利便性や自身の使命感を優先し、安全を後回しにしたことで後に後悔を残す結果となっては本末転倒です。

裁判の結果

ご両親は、当該医院に対し約5000万円の損害賠償を求めて提訴しました。

裁判では、当該医院が抱えていた社会的背景事情に一定の理解は示されたものの、過失の有無や損害金額の算定には、その事情は影響を与えませんでした。

裁判所は、子宮破裂の兆候を見逃したことについて、継続監視が可能な体制を整える義務、分娩監視装置による継続監視を行う義務があったと指摘しました。また、妊婦に対しTOLACのリスクや帝王切開の選択肢を説明する説明義務違反を認め、約4300万円の支払いを認める判決となりました。(福島地裁平成25年9月17日判決)

産科医療LABOは、医療専門の弁護士法人富永愛法律事務所が運営しています。出産トラブルで「病院の対応に疑問がある」、「本当に仕方がなかったのか」などお悩みのことがありましたら、ご相談だけでもお受けしています。是非一度お問い合わせください。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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