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原因分析報告書は、児・家族・「国民」から見て、本当にわかりやすく、信頼できる内容?!

2023.09.11

「原因分析報告書は、児・家族、国民、法律家等から見ても、分かりやすく、かつ信頼できる内容とする。」

この一文は、産科医療補償制度の原因分析報告書作成にあたっての考え方2022年10月版の、「基本的な考え方」に書いてあります。
産科医療補償制度が始まって10年以上経ちますが、まだ、児、家族、国民がわかりやすいものにはなっていません。

「一般的ではない」では伝わらない真意

原因分析報告書の「臨床経過に関する医学的評価」に用いられる表現に、「一般的ではない」との評価があります。そもそも「一般的ではない」って、日本語を母国語とする「国民」は、どう感じるでしょうか?
その真意は、産婦人科診療ガイドラインという、日本の2大産婦人科学会のたくさんの専門家が「我が国の周産期医療が標準化され、全ての国人民が最善の医療を受けやすくなる」ために作ったガイドラインに、推奨レベルA(強く勧められる)、推奨レベルB(勧められる)と書いてあることを、守らなかった、ということです
果たして、「一般的ではない」という表現から、国民がそんな意図を読み解けますか?

広辞苑によると、一般的というのは、ある部類のものに共通であるさま、普遍的、ある部分のものの大部分に共通であるさま、と書いてあります。とすると、「一般的ではない」というのは、共通ではない、普遍的ではない、大部分に共通ではない、という意味です。

ガイドラインに書いてある通りにしなかった、というニュアンスが言葉の意味から読み取れるでしょうか?

原因分析報告書の記載は、年々、原因分析委員会の先生方の努力でわかりやすくなってきています。

しかし、それでも、まだ「一般的ではない」って、どういう意味なの?と思うのです。
以前はもっとひどく、「産婦人科ガイドラインに、推奨A(強く勧められる)、推奨B(勧められる)と書いてあることを、守らなかった」≒「一般的ではない」という解説すらありませんでした。

原因分析報告書作成に当たっての考え方には、こんな事も書かれています。
「『なぜ起こったか』などの原因を明らかにするとともに、同じような事例の再発防止を提言するためのものである」と。
高尚な目標が掲げられていますが、果たして十分な検討ができているのか疑問を感じる報告書はまだ多くあります。

報告書に書いてある内容は、なんだかよくわからないんですが・・・

昨日、お子さんが脳性麻痺になり、1ヶ月前に原因分析報告書が送付されてきた、という方からお電話がありました。現在5歳になるお子さんのお母さんとお話すると、「報告書に書いてある内容は、なんだかよくわからないんですが、何となく、してはいけないことをしたんじゃないのか、みたいなことが書いてあって。でも、こんなことで相談の電話をしていいのかどうか分からなくて」

こんな声を聞くと、いつも思うのです。
また「一般的ではない」「基準を満たしていない」がたくさん書いてあって、どう評価すればいいのか、わからなくなっておられるのだろうな、と。
そのような声を聞く度に、「国民からみてわかりやすく」なってませんよ!と思います。


原因分析報告書の基本的な考え方には、「脳性麻痺発症の原因の分析にあたっては、脳性麻痺という結果を知った上で分娩経過中の要因とともに、既往歴や今回の妊娠経過等、分娩以外の要因についても検討する。」と書いてあります。これも、原因分析報告書をいくつも見ていると、本当に?と思うことがたくさんあります。

原因分析報告書の医学的評価について動画で解説しています。

吸引分娩の実施自体が間違っていたケース

先ほど紹介したお電話で相談を受けたケースは、吸引分娩の実施自体が間違っていたと考えられます。
メールでお送りいただいた報告書には、
「児頭下降度、吸引分娩の終了時刻について診療録に記録がないため評価できない。またそれらについて記載がないことは一般的ではない」
もう一文、
「産婦人科診療ガイドラインの吸引分娩の適応と要約及び施行時の注意事項を確認し、それを遵守すること」と書いていありました。

これは、実際の原因分析報告書の記載です。

児頭下降度の記載なし

報告書から読み取れる当時の状況

吸引分娩というのは、赤ちゃんがお腹の中で苦しそうな状態になった時、大急ぎで下から産ませるために、吸引カップというものを赤ちゃんの頭にくっつけて、強い陰圧をかけて引っ張る出産方法です。
「注意事項を確認して遵守すること」を検討すべき、と書いてあるということは、普通に考えれば、注意事項を確認していなかったか、遵守していなかったんだろうな、ということです。
それなのに、診療録(カルテ)に、赤ちゃんの頭がどれだけ下がってきていたか、書いていないから評価できない・・・と評価することを避けているようにも読めます。

ご家族にとっては、専門用語がたくさん出てきてわからない、と思うのは当然です。
しかし、専門家がこの一文を読むと、頭の中にその時の状況が浮かんでいるはずです。産婦人科の専門医でなくても、状況は思い浮かびます。きっと、赤ちゃんの頭は、下から出てこれられるほど下がっていないのに、吸引カップを無理に膣内に入れて、赤ちゃんの頭にくっつけて引っ張ろうとしたんだろうな、と。

3回吸引カップをつけようとして失敗し、その時になって初めて、下から産むのは無理だと判断して超緊急帝王切開の決断をした、とも書いてありましたが、吸引し始めた時に、すぐ帝王切開に切り替えるべきだったのではないかな・・・と想像できます。
原因分析報告書は、カルテに書いてないから・・・と評価をせずにお茶を濁していますが、カルテを隅々まで読むと、赤ちゃんの頭がまだまだ十分下がっていないことがわかる、キーワードはたくさんありました。

赤ちゃんの頭がどれくらい下がっているかを表す児頭下降

赤ちゃんが生まれてくるときには、段々と頭が下に下がってきて、子宮の入り口にはまり込み、固定(dipping)します。固定、というのは「児頭の一部が骨盤入口に進入している」状態です。ただ、頭の最大径(頭の一番大きいところ)がまだ骨盤入口を通過していない状態なので、出てくるにはもう一息、頭がぐるっと回転しながら、下がってくる必要があります。
ステーションという児頭下降度を示す指標では、固定のときは、ステーション-2と表します。

固定したあとに、さらにお産が進むと、嵌入(かんにゅう:engagement)の状態になります。嵌入とは、「児頭の最大径が骨盤入口を通過した状態」で、一番頭の大きいところが、骨盤の入り口を越えて、ステーション0まで下がっている状態です。あとは、膣の入り口を突破すれば出られる所まで来ていることを意味します。

児頭固定:児頭を移動することができない、ステーション-2より下降した状態
児頭嵌入:更に下降してステーション0まで達した状態

赤ちゃんの頭が、-2,-1、0,+1,+2,+3,+4とだんだん下がっていき、+5となれば娩出(赤ちゃんが生まれた!)ということになります。

カルテにはフローティングの記載が・・・

カルテには、「児頭下降度●度」とは書いていませんが、「フローティング」floating(児頭浮動)と書いてあります。これは、「児頭がまだ骨盤入口に進入せず浮動している状態」ですから、児頭はまだまだ下がっていなくて、子宮の中にプカプカ浮いて、頭が動く状態にあった、ということです。

図:児頭がまだ骨盤入口に進入せず浮動している状態

骨盤入口侵入前の赤ちゃん

児頭浮遊の状態で吸引分娩はしてはいけない

児頭浮動の状態では、まだ吸引分娩のカップを頭にくっつけることは難しいですし、そもそも赤ちゃんの頭はふわふわと動く状態なので、吸引分娩で下から出そうとすることは推奨されていません。
吸引分娩は、産婦人科診療ガイドラインでは、「児頭が嵌入している」児頭下降度のステーション0の状態、になっていることを確認してから実施する(推奨B:勧められる)となっています。
今回のケースで言えば、Floating(児頭浮動)の状態であるにもかかわらず、吸引をしようとしたことが間違っているのです。

カルテを見れば、今説明したような問題点がすぐに分かりますし、産婦人科の先生たちであれば、floatingと書いている(児頭嵌入に至っていない)状況で、吸引を試みたことが間違っていることは、当然わかっています。
それなのに、原因分析報告書は「児頭下降度・・・について診療録に記録がないため評価できない。」と書いているあたりを見ると、とても嫌な気持ちになります。
あえて国民に分かりにくく書いていますよね。おそらく原因分析報告書を読み慣れていない産婦人科以外の医師であれば、原因分析報告書が踏み込んだ記載を書かないようにしていることはわからないかもしれません。

また、多くの弁護士や裁判官は、法律のプロですが、floating(児頭浮動)の意味や「児頭嵌入」の意味も知りません。そうすると、原因分析報告書が「診療録に書いていないからわからない」という言葉を鵜呑みにするしかないでしょう。
でも、産婦人科医や、医療ミスを専門に扱う弁護士には、当時の状況が見えてしまうのです。そして、原因分析報告書が「児・家族、国民、法律家等から見ても、分かりやすく、かつ信頼できる内容」となるには、まだまだ時間がかかることも、解ってしまうのです。

なぜ、見る人が見ればわかるようなことを、あえて書かないようにしているのか・・・

もう一つ疑問点は、診療録に書いていないことについて、現場にいた家族が見たり聞いたりした内容が考慮されていない、というところです。

家族の見た・聞いたは考慮されない

家族は、「『カップが届かない、頭の位置が高い』という言葉を医師が繰り返し発していた」と報告しています。しかし、産婦人科の知識がない家族がウソをついているかのように、原因分析報告書は、家族の発言や意見を、参考にしないのです
産婦人科医や助産師は、トラブルが起これば、すぐに何が悪かったのか解るはずですし、出産現場でも、出産直後でも冷静に自分たちに有利になる方向性がわかります。これに対して、赤ちゃんが無事に生まれることを祈ってその場にいる家族が、ウソをつけるはずがありませんし、あえてウソを言う必要性もないのです。それなのに、原因分析報告書の分析では、家族が見た事実や聞いたことを考慮しません。考慮していると思う報告書は見たことがありません。家族は素人だから、間違っていることもあるかもしれません。それでも、事実の経過から家族の言っていることの方が、確からしいことはプロなら解るはずです。それなのに、あえてその点は評価しない・・・ここも報告書を読んで、嫌な気持ちになるところです。

おわりに

とはいうものの、産科医療補償制度は素晴らしい制度だと思っていますし、原因分析報告書の中には、的確に問題点に切り込み、本当に再発防止を心から考えくれていると思うものが増えてきたように感じています。でも、ごまかされているような、モヤッとした嫌な気持ちになる記載を見ると、ゲンナリします。原因分析の担当をされている委員の中に、もしかして、産婦人科医をことさらに守らなければ、とか、脳性麻痺のお子さんを持つ家族にはバレないようにしようとか、そんな考えの委員がおられるのではないのか、と疑いたくなります。

実際に、産婦人科の委員の先生の何人かは、産婦人科の医療裁判で、産婦人科医を守る立場の意見書を何回も書かれている先生がおられます。
原因分析報告書が、適切で公平なものだ、と信じさせてくれるような、真の意味の「信頼できる内容」になって欲しいと心から祈っています。

ご家族の多くは、産婦人科の知識がないまま、お子さんのために何か出来ることはないかと毎日、悪戦苦闘しておられます。本当に、身を削って献身的に。
そんなご家族に、寄り添った原因分析報告書になって欲しい。そして、産科医療補償制度の原因分析報告書が、少しずつでも、児・家族、国民にとって信頼できる、より良いものに変わってくれるよう委員の先生方の誠意を信じつつ、これからも厳しい観察眼を持って、見守っていきたいと思っています。

吸引分娩について動画で解説しています。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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