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解決事例

2023.12.19

適応を欠くにもかかわらず吸引・鉗子分娩などを行った過失から児が帽状腱膜下血腫となり死亡したとして約5400万円の損害賠償が認められた事例

事例の概要

初めての妊娠38週1日で自然破水した妊婦さんは4時45分にクリニックを受診し、医師が診察、子宮口開大度は1cmで、陣痛誘発のために子宮口からバルーン(子宮の入り口を広げるための器具)が挿入されました。妊婦さんは無痛分娩は希望しないと助産師に伝えていましたが、かなり陣痛が強くなっていたので、医師から無痛分娩に切り替えるかの問いに対して、無痛分娩に変更することにし、医師は硬膜外麻酔をしました。
14時バルーンは抜去され、このころまでに子宮口が全開大しており分娩経過は良好でした(子宮口全開大時間は13時から14時で意見の違いがあります)。
14時から14時30分の間に胎児の娩出を促進する手法であるクリステレル胎児圧出法が医師の指示のもと看護師により行われました。吸引分娩2回と鉗子分娩3回が行われました。しかし、児頭の位置は高いままで、このため医師は回旋異常の状態にあると判断し、帝王切開術を実施することにしました。しかし14時30分到着予定の当直医師を待って帝王切開術を施行する予定でしたが到着が遅れ他の医師も連絡が取れなかったことから、クリニックでの帝王切開術は無理と考え、大学病院に救急搬送することとし、15時26分に救急搬送、16時50分に手術室入室、17時18分に児は娩出されました。児はすぐに胎児集中治療室(NICU)へ入室しましたが、その後多臓器不全となり、大学病院にて死亡しました。
同日行われた病理解剖結果には、「胎児仮死の診断にて緊急帝王切開術で出生し、出生後、重症新生児仮死、高度の貧血あり、出血性ショック、DIC、多臓器不全の状態に陥り、生後1日にて死亡した。病理解剖時、帽状腱膜下に多量の凝血が認められ、血腫を形成していた。組織学的所見では、脳組織に空洞化が目立つ。低酸素状態による虚血性変化に一致する所見である。本症例では血腫の厚さは約1.5cmに達し、全血液量を超えた出血と考えられる。新生児の発育異常は見出されなかった。」との記載がありました。(山口地裁 平成27年7月8日)

判決

裁判所は胎児に吸引、鉗子分娩した当時の児頭は、高い位置(嵌入前)にあったと推認でき、児頭の位置を十分に確認せず吸引、鉗子分娩等を行って、胎児に過重な力を加えたことに問題があったとし、これによって胎児が帽状腱膜下血腫が発症し出血性ショックを来たし死亡したとして、5,428万5,373円の損害賠償を認めました。

裁判所の判断と問題点

吸引分娩・鉗子分娩はもう少しで生まれそうな状態になったときに、娩出を補助するための方法です。

適応

①胎児心拍異常で急速遂娩を必要とする場合

②母体合併症のために母体の怒責を回避する必要がある場合

③分娩第2期(子宮口が全開大 (10 cm) から児が生まれるまでのいきみの段階)が遷延している(長引いている)場合


また、吸引分娩・鉗子分娩を行うための必須条件を満たす必要があります。

実施の条件

①母体が処置に耐えうること

②CPD(児頭骨盤不均衡)がないこと

③児頭が鉗子適位・吸引適位(station+2以上)であること

④子宮口全開大

⑤破水していること


裁判所の判断では子宮口全開大の時間は「14時ころまで」とされましたがこのケースでは吸引分娩と鉗子分娩が14時から14時半に行われましたので、まずこの時この処置が適応であったか、また必須条件を満たしていたかが問題となりました。
14時ころまでの妊婦さんの分娩経過は良好であり、また胎児に異常も見られませんでした。クリニックの主張している子宮口全開大時間が13時であったとしても、初産婦の硬膜外麻酔による無痛分娩では3時間以上分娩進行がない場合に遷延分娩と診断されるので、14時の時点で分娩第2期は遷延しているということはなく14時の時点で吸引・鉗子分娩の適応ではありませんでした。

また、必須条件③のstationの高さが問題となりました。分娩の準備状態となると児頭の下降(子宮口へ近降りてくる)が始まりますが、児頭が骨盤入口部に陥入、すなわち坐骨棘のレベル達していれば station 0と表します。児頭の先端が坐骨棘間線より上方1cm にあれば-1と示し、だんだん児頭が降りてゆき下方1cm になれば+1と示します。

カルテによると、14時の時点で、児頭の下降度を確認した記載はありませんでした。また、大学病院への搬送直後に、児頭はstation—3より高い位置にあることが確認されていて、仮に14時にstation+3であったとするとその児頭がstation—3まで挙上することは異常なことがない限り考えられず、下降度の一定の誤差をふまえても、吸引・鉗子分娩が実施された14時時点ではstation0かそれより高い位置にあったと推測できました。吸引分娩をするための必須条件③(児頭が鉗子適位・吸引適位(station+2以上)であること)を満たしておらず、まだ生まれそうにない状態にあったのに、児頭の高さを十分な検討もないまま吸引・鉗子の手技が実施されたことは問題があると判断されました。


また死亡との因果関係について、吸引・鉗子分娩及びクリステレル胎児圧出法により、胎児に過重な力を加えたために胎児は帽状腱膜下血腫を発症し、それにより急性出血性ショックを来し、重症新生児仮死状態となり、多臓器不全で死亡したということができると、裁判所は判断しました。

弁護士のコメント

吸引分娩・鉗子分娩は、急速遂娩(急いで赤ちゃんを娩出する方法)の一つです。もう少しで生まれそうな状態になった場合に、赤ちゃんの頭に吸引カップをつけて引っ張るのが吸引分娩、赤ちゃんの頭を挟み込む器具(鉗子)で挟んで引っ張るのが鉗子分娩です。人工的な器具を使って赤ちゃんを引っ張る操作ですので、むやみに繰り返したり、長い時間無理に続けると赤ちゃんが苦しい状態になることが知られています。今回のケースでは、帽状腱膜下血腫という頭の表面にある膜の下に出血を生じさせてしまいました。


吸引分娩・鉗子分娩は、もう少しで生まれそうなときに娩出力を補助するために行われる処置ですが、まだ生まれそうな時期にないときに行うと、赤ちゃんを苦しくさせたり、今回のように頭に出血を生じることがあるので、どのような場合に行ってよいかが、「適応」の条件として産科診療ガイドラインで定められています。
裁判所は、このガイドラインの定めに従わず、まだ赤ちゃんが出てくる状態に至っていないのに、無理に引っ張ったことが問題だと指摘しました。
吸引分娩や鉗子分娩は、少しでも早く赤ちゃんを外に出したいときに、使われる方法ですが、安全に行うためには必須条件を守る必要があります。この判決は、そのような問題点を正しく理解し、妥当な結論を導いた判決だと考えます。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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